1. なぜ創業したいのか ——動機の純度を確かめる
創業の動機は、大きく三つに分けられます。攻め、守り、そして逃げです。
- 攻め:この事業を通じて社会を変えたい、実現したいビジョンがある
- 守り:収入の多様化、リスクヘッジ、将来への備えとして
- 逃げ:今の職場・組織・人間関係から距離を置きたい
逃げの動機が悪いわけではありません。しかし、その動機を自覚せずに創業した場合、判断が歪みやすくなります。「本当はもう少し様子を見るべき局面」でも「戻れない・戻りたくない」という心理が合理的な判断を妨げるからです。
動機の純度が高いほど、事業の一貫性が保たれやすく、採用・資金調達・顧客獲得においても共感という追い風が生まれます。顧客もパートナーも、「なぜやっているのか」に惹きつけられます。純度を高めろというより、自分の動機を正直に自覚しているかどうかが問われています。
2. 今の組織ではできないのか
創業を検討しているなら、一度この問いに向き合ってみてください。
独立を考える理由として、よく聞かれるパターンがあります。
- 提案したが却下された:アイデアはある。しかし組織の壁に阻まれた
- 自分の方が上手くやれる確信がある:経験と実力から見て、競合相手になって勝負しよう
- 意思決定が遅く、機会を逃している:このスピード感では市場に間に合わない
- 成果が正当に評価・報酬に反映されない:正しい対価を自ら設定したい
- この課題は自分がやらなければ誰もやらない:使命感による独立
これらの理由はいずれも正当です。ただし一つ問い直してほしいのは、その理由は創業後も有効であり続けるかという点です。「意思決定が遅い組織が嫌だった」人が組織を作ると、同じ問題を再現してしまうことがよくあります。
また、副業・フリーランスという選択肢も検討しましたか? リスクを抑えながら市場での手応えを確かめる手段として有効です。特に、サービスの需要が不確かな段階では、フリーランスで検証してからのスケールアップという順序が合理的なケースもあります。独立の形態は「会社を作ること」だけではありません。
3. 最悪まで考える ——バッドシナリオの棚卸し
多くの創業者は「うまくいった場合」を精緻に描きます。しかし「最悪の場合」を同じ解像度で描いている人は少ない。以下のようなリスクを、一つひとつ自分の事業に引き寄せて考えてみてください。
市場・競合リスク
- 技術の急速な変化によって、自社の強みが陳腐化する
- ビジネスモデルが制度変更・規制の影響を受けて機能しなくなる
- 力のある競合他社に模倣され、価格競争に巻き込まれる
人的リスク
- 信頼していた従業員が顧客リストや技術情報を持って独立・転職する
- 外注先の技術力・誠実さが期待を大きく下回り、追加コストが発生する
- 共同創業者との方針の相違が、意思決定を麻痺させる
家族・健康リスク
- 家族の病気・介護など、想定外の出来事が事業への集中を奪う
- 家族が「口では賛成していたが」実際に収入が途絶えると態度が変わる
- 精神的なストレスが限界を超え、判断力が低下する
外部環境リスク
- 震災・パンデミックなど、どうにもならない外部要因で事業継続が困難になる
- 主要な販売先からの大量キャンセル・返品が連鎖する
財務リスク
- 予想外のコストが続き、当初の資金計画が崩れる
- 思っていたより売上が立ち上がるのが遅く、資金が底をつく
これらは「起きるかもしれない話」ではなく、創業後に実際に多くの経営者が直面した話です。事前に想定しておくことで、「このリスクは保険で備えられる」「このリスクは初期の契約条件で回避できる」という引き出しを持てます。BCPという言葉は事業継続(Continuity)ですが、創業前段階ではむしろ変化への対応力(Change)——つまり、想定外が来たときに方向を変えられる柔軟性を持つことが重要です。
4. それでもやりたいか ——覚悟を具体化する
上記のリスクをすべて読んだ上で、それでもやりたいと思うなら、次のことを具体的に確認してください。感情の「覚悟」ではなく、数字と状況に落とした「準備」として。
- 無収入期間は何ヶ月耐えられますか? 生活費はいつまでの分が手元にありますか?
- 家族は本当に理解していますか? 口頭の同意と、実際に収入がゼロになったときの反応は別物です。
- 失敗した場合、再就職・再起は現実的に可能ですか? 年齢、スキル、人脈から具体的に考えてみてください。
- 最悪のシナリオを家族に話しましたか? 一人で背負っている覚悟は、共有されてはじめて本物になります。
5. 撤退ラインを決めておく ——追い込まれる前に
追い込まれた起業家が陥りやすいパターンがあります。
- サンクコスト(埋没費用)の罠 「ここまで時間とお金をかけてきた」という心理が、撤退を遅らせます。過去に投じたコストは、これからの判断には関係ありません。
- 借金による延命 消費者金融・親族からの借入で首が回らなくなり、事業よりも返済が主目的になる。
- やりたいこととは違う仕事で食い繋ぐ 資金確保のためにやりたいこととまったく無関係な仕事を続けた結果、気づいたら10年が経過していた。これは最も静かな失敗です。
- 安易な人的巻き込み 第三者を連帯保証人に立てる、共同創業者を引き込む、従業員を採用する——追い込まれた状況での判断は、他者を道連れにするリスクがあります。
💡 もし倒産しても、再起の道はある
事業がうまくいかなかった場合、「倒産」という言葉が頭をよぎることがあります。倒産にはさまざまな形があります。自己破産のほか、民事再生(事業を継続しながら債務を整理する手続き)、特別清算、私的整理など、状況に応じた選択肢があります。返済が滞ったとしても、すぐに破産しなければならないわけではありません。早めに専門家(弁護士・中小企業再生支援協議会など)に相談することで、選択肢が広がります。
実際に倒産を経験した後、再起に成功した経営者は少なくありません。東京商工リサーチの調査では、倒産後に別会社で再起した経営者が732人確認されており、2020年から2023年の売上高比較において、その再起企業の伸長率は一般企業を上回っていました。ガリバー(現IDOM)創業者の羽鳥兼市氏は、詐欺被害による3億円超の負債と会社倒産を経て、後に中古車業界の流通改革を成し遂げました。また2006年の会社法施行以降、自己破産は取締役の欠格事由から除外されており、免責が認められれば再び起業することは法的に可能です。
なお、融資を受ける際の経営者保証(個人保証)については、2024年3月から、一定の要件を満たす場合に保証料率の上乗せを条件として経営者保証なしを選べる制度も整備されています。融資条件を確認する際に、金融機関に相談してみる価値があります。
撤退ラインは、追い込まれてから決めるのではなく、始める前に決めておくことが大切です。「資金が○ヶ月分を下回ったら見直す」「売上が△ヶ月連続で計画の□%を下回ったら立ち止まる」——その基準を、渦中となり慌てふためいてからではなく、冷静でいられる今のうちに設定しておきましょう。
ここまで読んで「それでもやりたい」と思うなら
あなたの船出を止める理由はありません。JASMEはその航海を、公平な視点から全力で支援します。創業の準備を進めたい方は、次のステップへ。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の法律・税務・財務アドバイスではありません。具体的なご相談はJASMEまたは各専門家にご連絡ください。